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2006年11月26日

上方歌舞伎の色男

きのう、坂東薪車さんがゲストの柝の会のセミナーに行ってきました。始まる20分くらい前に会場に到着したのですが、すでに大勢の方が着席されていていつもより若い女性の姿も多く見受けられ華やいだ雰囲気。対談のお相手は、葛西聖司さん。

薪車さんは、演舞場の馬盥を終えて駆けつけられましたが、日曜日から、来月の南座のお稽古があるため、この後新幹線で大阪に帰られるという強行軍。初めて素顔を拝見しましたが、目鼻立ちのハッキリしたお顔立ちで、舞台で拝見するよりも細身。

一晩あけてしまったので記憶が不確かなところもありますが、印象に残ったことをつらつらと。(セミナーの内容をblogで紹介することは会の方の了承をいただいています。)

わたし自身は、薪車さんのことは、襲名を期にその存在を知るようになりました。長年のご贔屓の方にとってはよく知られているお話も出ていたようですが、対談で一番印象に残ったことは、師匠であり現在は父でもある竹三郎さんとの関係でした。

対談の中頃でしたでしょうか、元々は関東(千葉県の)出身なのに関西に移ることに抵抗はなかったかという葛西さんの質問に対して「場所ではなくて人」。竹三郎さんが大阪に住んでいたから大阪に行った。もし東京に住んでいたら東京だった。という薪車さんの言葉にその色々な思いが込められているように感じました。

竹三郎さんとは、映画、TV、舞台の俳優(修業中?)をしていたころにスーパー歌舞伎で出会われたそうで、師匠から一度も弟子になれと言われぬままに弟子になってしまった、いわば押しかけ弟子。ご自身も門閥外から歌舞伎に入られた竹三郎さんは、名題下の役者さんの苦労も身に染みてご存じでしょうから、すでに20才を超えていた薪車さんに歌舞伎役者としての道は決してすすめなかったようです。

それでも26才で歌舞伎役者となった(その前に踊りで内弟子されていたそうですが)薪車さん。名題下の役者さんであれば立ち廻りでトンボも切らなければなりません。いくら運動神経が良くて居合いも練習していたとはいえ、年齢のことを考えて万が一怪我でもしたらと思い悩む薪車さんに竹三郎さんは、その時、「トンボはできなくてもいい。トンボを切らせる役者になりなさい」とおっしゃったそうです。志を高く持ちなさいというのが竹三郎さんの常の教えだそうです。

覚悟してたとはいえ、台詞がほとんどないという時代が3~4年続いて、やはり、くさりそうな時期もあったようです。その間、竹三郎さんは、役がついていなくても、その月の出し物の台本を使ってお稽古してくださったそうです。いつもは穏やかでとても優しい竹三郎さんですが、別人かと思うくらいお稽古になると「豹変」するそうです。(^^)

そんな時期に、巡業でを俊寛をなさることになった我當さんから康頼のお役にご指名。それこそ飛び上がるほど嬉しかったそうです。一生懸命お稽古をして臨んだものの、なんと初日に大失策。我當さんが言うべき俊寛の台詞、それも重要で長い台詞をすっとばして康頼の台詞を言ってしまい、我當さんはその台詞を言わずじまいでお芝居はそのまま進行。(^^; 幕に入ってから、当然、我當さんからのお叱り。あの良いお声でたっぷり怒られたそうです。ご本人は「これで(役者人生)終わった」と思われたそうですが、その後なんとか信頼を取り戻したそうです。このお話は面白おかしく聞かせていただきましたけれど、今だから笑って話せることなんでしょうね。(^^)

その他、襲名についてのお話の中で、襲名の2年くらい前から役が付きだしたそうで、今振り替えるとこの期間がある種テスト期間だったのではないかとのこと。4ヵ月くらい前に師匠から、会社から襲名の話がある、まだ役者として足りないところもあると思うがどうかと聞かれたそうで、どうかと聞かれて困ったが、これを逃したらもう二度とこない話だと思い受けたそうです。

襲名の前に色々と重なって猛烈に忙しい日が続いたある日、夜中(夜更け)に急に苦しくなって救急車で運ばれた。最初は脳溢血かなにかだと思いパニックに陥った。結局は、過呼吸(過換気症候群)だったというお話も面白おかしくしてくださいました。

お話をうかがっていて、門閥外でしかも26才で歌舞伎の世界に入りそれも10年足らずで今の地位にあるのは、竹三郎さんに出会われた運、ご本人の努力や竹三郎さんのご指導もあるでしょうが、芸養子になって襲名をしないかと会社(松竹)から話を持ちかけられただけのことはある華のある役者さんだと思いました。技術的なものは後から精進次第で身につけることはできるけれど、役者として人を惹きつける魅力や華は努力だけではどうにもならない生まれ持っているものなのだと改めて思いました。

同世代の上方の役者さんは、愛之助さん、亀鶴さんだそうです。3人ともこれから目が離せませんね。

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コメント

この12月、南座の顔見世に「坂東薪車」のまねきが上がりました。
40年ぶりに上がるお名前です。
薪車さんの期待、ドキドキがどれだけ大きなものか・・・。
門閥外で上方の名題襲名は、吉弥さん以来20年ぶりくらいですよね?
上方卒塾生たちの夢でもあり、本当に薪車さんには期待しています!
華、というのか、色気がありますよね ^^ ♪

投稿: 恵美 | 2006年11月26日 17:31

薪車さんは、個人的な好みは別として(笑)人を惹きつける魅力のある方だと思いました。

今回お話を聞いていて、竹三郎さんはもちろんのことですけれど、我當さんの存在もとても大きいのではないかと思いました。巡業とはいえ、先輩の役者さんもいる中で薪車さんを抜擢したというのは、我當さんにとっても冒険だったと思います。

吉弥さんは我當さんのお弟子さんでいらっしゃいますよね。そいうことも含めて力のある役者さんにはちゃんとチャンスをくださる方が上にいるというのは、上方の役者さんだけではなく若い役者さんにとってもとても励みになりますね。

我當さんは、仁左衛門のお名前を長男の自分ではなく弟さんが継ぐことを承諾したこともそうですが、個の利益(という言葉が適切ではないかも知れませんが)よりももっと大きな目で上方歌舞伎はもとより歌舞伎界全体を捕らえていらっしゃる方なんだろうなと改めて思いました。

投稿: kirigirisu | 2006年11月26日 18:15

kirigirisuさん、こんばんは。

詳しいレポありがとうございます。
気になっていたんですよ~「上方の色男」(笑)。

「俊寛」の件は読んでいるだけでもゾ~~っとしました。
“たっぷり”怒られたって・・・・、良かったですね~次があって・・(^^;

薪車さん同様、亀鶴さんも愛之助さんも、
それぞれが色々な道を歩いて来て現在がある方々ですから、
応援したくなるんですよね~~。
これからが楽しみです。

投稿: rika | 2006年11月26日 18:26

rikaさん、こんにちは。

やぱり役者はなんといっても色気でございましょう。(^^)

>良かったですね~次があって・・(^^;
いやぁ~ホント。次があったからこそ話せる話だと思いました。(笑)
台詞をしくじった後に俊寛さんと手をつないで舟に乗り込まなくてはいけなくて、かなりスリリングだったようですよ。(^^; ここのところは会場のみなさんに大ウケでした。

上方の若い役者さんが活躍されて関西の歌舞伎が盛んになるのは喜ばしいことですが、あっちでもこっちでも小屋が開かれるとなると、お財布が嬉しい悲鳴をあげっぱなし。そのうち声もでなくなるんじゃないかと心配です。(笑)

投稿: kirigirisu | 2006年11月26日 20:15

詳しいお話、ありがとうございます。行きたかったけれど、諦めた会なので、嬉しいです。「演劇界」の3月号に薪車さんの記事が出たとき、歌舞伎役者になった経緯を知りましたが、「俊寛」のことは初めて聞きました。そのときの薪車さんの身になったら、こちらまでさーっと顔が青ざめ、額に縦筋が何本も入ってしまいました(ちびまるこ状態)。門閥外の役者さんは一度失敗すると次のチャンスはなかなか巡ってこないと聞きましたが、当時から薪車さんにはそれだけの可能性と華があったのでしょうね。それを見抜き育てる大先輩の存在も非常に大きいと思います。我當さんには人間としてのスケールの大きさを感じます。ふふ、それにしても、ちょっと泣きの入ったような、あの「良いお声」でどんなふうに叱ったのでしょうね。

投稿: SwingingFujisan | 2006年11月26日 21:45

Swinging Fujisanさん

葛西さんは、さすがにご本職だけあってお話を引き出すのがお上手でしたし、前の方に座っていらっしゃったおば様方の反応のよさというかチャチャ(笑)もあってか、薪車さんも楽しそうにお話なさっていました。

失敗してもそれを引きずらずに、次の日にはその倍頑張って取り戻すタイプの方のようにお見受けしました。2~3日後には我當さんのご機嫌も直ったそうです。(^^) 

投稿: kirigirisu | 2006年11月27日 00:17

>kirigirisuさま
詳報ありがとうございました。大変前向きな性格のお方なのですね。
南座に初めてまねきがあがる今年はどれほど晴れがましいことでしょう。昨年夏の心音が聞こえてきそうな船弁慶を思い出しじわーんとなりました。田舎婆は,玉三郎丈から拝領のお衣装だけで感涙に咽んでおりました。
さて,全く話し変わりますが,大阪松竹座で天守物語朗読会を拝聴しました。玉三郎丈のお弟子さんの功一さんとあまりに似ておられるので,何でこんなところで薪車丈が図書之助と,椅子から転げ落ちそうになりました。転げ落ちたら玉三郎丈に首取られそうですし…。自宅に帰りお写真比較し,いくつか間違った思い込みを修正しました。あせあせ

投稿: とみ | 2006年11月27日 12:39

とみさん

まねきのこともお話にでていました。今頃は実際にご覧になってさぞかし感無量のことと思います。

そう言われてみれば功一さんも目鼻立ちクッキリグループですから、似ているかもしれませんね。功一さんの方が目が丸くて顎が張ってる、それに少し大柄でしょうか?あれ?違うかな。目撃者にはなれそうもありません。(^^;;

投稿: kirigirisu | 2006年11月27日 17:09

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